【出演者インタビュー】田崎小春

田崎小春は生粋のTellerである。一段上がった舞台の上からピョンと飛び降り、見ている側との心理的な距離をいとも簡単に詰めて、語ることのできる稀有な役者だ。それは身近の、おしゃべり好きな友人の話を聞いている時の感覚に凄く近い。彼女の語りを聞いていると、不思議と彼女と仲良くなっていく感じがするのだ。ただある瞬間突然、彼女は、Storytellerに変貌を遂げる。その時私たちは、彼女が役者である事を知り、彼女の語りに惹きつけられていた事を知るのだ。そしてその上で、語り手の、そして彼女自身の想いの強さに、信頼を寄せることとなるのである。そんなフィクションを現実の狭間を軽快に歩く彼女に、話を伺ってみた。

 

インタビュー・テキスト 松尾元(ドラマターグ)

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♦︎ 田崎小春 ♦︎

福岡県出身。2013年に福岡の劇団、万能グローブガラパゴスダイナモス入団、2016年退団。

2017年、東京に出てきました。就職するつもりがまた演劇をすることになりました。でもよかったです。

東京での初めての公演です。

写真:臼杵遥志
写真:臼杵遥志

 

 

 

 

 

 

 

 

 

– ここまで稽古をやられてきて、今何を感じていらっしゃいますか

 

田崎 一通り台詞が覚えられて、一つストレスがなくなった感じがあります。作品全体を一つのものとして捉えられるようになった感じがあります。

 

– 今回なぜこの一人語りに挑戦したいと思ったのですか

 

田崎 縁あってRoMTのワークショプに参加した事が最初のきっかけですね。「音を喋る」というテーマでシェイクスピアをやったのですが、今回の稽古場みたいに、好き勝手茶々入れながら、自分は一回も発表をせず…ただ、そういった好きに茶々を入れながら喋っている感じを、太田さんに気に入って頂き、太田さんが出演していた「おっさんの会」に誘って頂きました。その打ち上げで太田さんとまた話す機会があり、私が高校生の時、言葉を聞く事、話す事が怖かった話をさせて頂きました。言葉との距離感というか、「なんでこうも人は思っていることと喋っていることが違うのだろう」と思い、嫌になってしまった時期があって。役者にしても、舞台上では結局嘘を話す事をしているから、どう聴いていいのか分からなくなることもありました。その話を太田さんにした時に、太田さんから「もっと言葉に傷付いて、絶望したらいいよ。そしたら役者としてもっと喋ることが嬉しくなるし、新しい世界が見えると思う」というような言葉を頂いて。それで、「そんな景色をみてみたいな」と思うことができました。それから少しして、今回のオーディションの話を頂いて。「これだけ喋るから、自分にいろんな事が起こるだろうし、見えてくる新しい景色があるだろうな」と感じ、応募しました。

 

– そういった日常の言葉への絶望感や、喋ることの喜びについて、稽古をやっている上で変化している事はありますか

 

田崎 高校生の時に感じた言葉への絶望状態はもうすでに脱しているのですが、今回やっていて、なんのために自分は演技し、舞台上で嘘をつくのかということについて凄く考えます。その中で、自分がやっている事に対してお客さんから共感されるのではなく、お客さんに私が共感しているみたいな状況になればいいなと感じています。例えば昔友人から悩みを打ち明けられた時、それに対して私が返した言葉に、「言葉にしてくれてありがとう。凄く救われた」と言ってもらえた事があって。それと同じような事ができたらいいなと思っています。言葉に出来なかった感覚が、私の言葉を通して言葉になる。もっと言えば私がそこにいる、演じる事で、お客さん自身の中にあった形象し得ない想いを肯定する事が出来る。無意識に感じていたものを自覚し、受け入れる事が出来る。そういった感覚を持ってもらう事が出来たらいいなと思っていますね。それは、私の経験をみんなに話すことではなく、フィクションが私とお客さんの間で共有されるからこそ、出来ることのように感じています。

 

– 田崎さんが感じるフィクションの力について、もう少し伺いたいのですが、日常のリアルな言葉より、フィクション上の言葉の方が信頼に足ると感じる事はありますか

 

田崎 そういう感覚とは違いますね。やはりリアルに出てくる言葉や心の方が尊いと感じます。ただ、フィクションには、それらリアルに生きている人々の尊さを肯定してくれる力があるように感じています。

 

– 最初台本を読んだ時は、どのように感じましたか

 

田崎 最初から大好きな作品だったのですが、電子画面で読んだ時と、プリントアウトされた状態で読む時では感覚は違っていて。紙で読んだ時、凄く感動して、本当に大好きで、信頼できる言葉によって描かれている作品だと思いました。それは、今も変わりません。もちろん、稽古をしていく中で、一つの単語や台詞の意味合いが変わっていくことはあるのですが。ただ、初めて読んだ時の感動とその感覚は忘れないように、そしてそれを外さず伝えられるように、役者として一生懸命になっていますね。

 

– 今回の舞台であるスコットランド、グラスゴーにはどのようなイメージを持っていますか。またそれらは芝居に影響していたりするのでしょうか

 

田崎 地名や固有名詞でわからないものは調べたりしています。ただ、景色をイメージして自分がそこにいるような感覚を持つことよりも、それがその人にとってどういうものなのかを、私の日常に置き換えて考えることの方が大事な気がしています。お客さんにスコットランドを想像してもらう事は確かに面白いのですが、それ以上に、お客さんの中にあるものに作品を通して触れていただきたいです。海外のことだけど、自分の故郷と重なったり、「あ、こういう人いるいる」って感じてもらう方を大切にしたいですね。

 

写真:臼杵遥志
写真:臼杵遥志

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-おじいちゃんに対してどのようなイメージを持ってやられていますか

 

田崎 私のおじいちゃんだけじゃなくて、自分の中でこのおじいちゃん像に当てはまる、こんな大人になりたいって憧れている大人たちを元に描いていますね。ただ、それはそういった人の真似をするとかではなく、そういった人たちに対する私の思いみたいなものを参考にしている感じです。

 

– 台詞を覚えていく中で、気がついたことはありましたか

 

田崎 状況を説明するような部分は少し覚えにくい感じがしました。また、翻訳された作品なので、普段日本語では使わない文脈になっていると感じる部分にも引っかかりましたね。そのあたりの台詞は、日本語のパズルみたいに感じられて、自分が何を言っているのかわからなくなる時があります。後は視点がどんどん変わっていくところは難しさを感じています。反面、自分の台詞の覚え方が、感覚や状況をざっくり掴んだ上で本にある言葉を読み、両方を繋げていくやり方なので、感覚的にピンとくる部分は覚えやすかったです。

 

– そのように感じながら台詞を覚えていった中で、何か発見する事はありましたか

 

田崎 今回に限った話ではないのですが、覚えにくかったり、感覚がわかりにくかったりする言葉たちを頭の隅に置いて生活しているうちに、ふといつもとは違った見方で日常を捉えられそうな感覚になりました。例えば、普段見ている景色の中に、今まで気がつかなかった輝きを見つけられるみたいな感じです。特に今回の作品は、最初読んだ時から凄く好きで、また信頼出来て、だからこそ、そこに書かれている言葉と一緒に生活する事で見えてくる世界を垣間見たいと思うことが出来ました。まだ完全にわかりきっていない感覚はあるのですが、それらが腑に落ちた時感じる事、広がっていく世界を想像すると、ワクワクします。

 

– 今までにたような作品をやられた事はありますか

 

田崎 お父さんが脚本演出を担当した一人芝居に出た事があります。それはもう少し舞台上で完結しているものだったのですが。後は、お母さんが英語教育の先生をやっていて、それで高校生の時、よく絵本の読み聞かせの手伝いをやっていました。それは語りの経験に近いですね。

 

写真:臼杵遥志
写真:臼杵遥志

 

 

 

 

 

 

 

 

 

– 普段はどのように台詞に向き合い、演技を作っているのですか

 

田崎 作品ごとに様々なのですが、基本的には自分が今どういう状況で、他の役とどういう関係にあって、今どういう話を進めているか理解するところから始めます。後は、自分だけ気持ち良くならないようにしています。すぐ、そうなりがちなので。絵の先生がよく、「描いた絵を離れて見なさい」という事を言うのですが、そういう自分を客観的に見つめる感覚は、演技をする上でも、大事だなと思っております。

 

– 今回お客さんに話しかけている事は、どのように感じていますか

 

田崎 その時よって色々ありますね。恥ずかしいと思うこともあれば、頑張って目を逸らさないようにしてくれているなって思うこともあります。今はまだ客席には俳優しかいないので、完全なるお客さんとしている事は無理で。ただ、それでいいとも思っています。オーディションの時に、「友達に喋っているように喋る事はできますか」と指定された時にも色々考えたのですが、やっぱりそれは難しくて。だからむしろ、今人の前に立って緊張していて、初対面の方やそうでは無い方が混ざった客席に向かって喋りかける事を受け入れて喋ろうと思うようになりました。話自体は、語り手があたかも目の前の人に対して喋りかけるように書かれているけれど、今私があなたの目の前にいて、あなたに話しかけていることだけは本当で行きたいなと。例えば稽古場では、もう何回も話しかけて、内容を知っている相手として語りかける。本番で、友人には友人、初対面の人には初対面の人に対する距離感でいけたらいいなと思っています。関係性に嘘をつかれて話しかけられると、凄く気持ち悪い感じがして。他の俳優がどう思って話しかけてくれているかはそれぞれだと思いますが、やっぱりどこかしら試されているような感じは、お互い持っているように思います。その中で、仲間として、少しでも楽しい時間を過ごして欲しい。そういう私自身の思いみたいなものは肯定しながら、喋りかけたいと思っています。

ただ一方で、最近は、物語ること自体の質を上げることもやはり重要だなと感じています。あたり前のことなのですが、物語がそこに立ち上がらなければ、ただおしゃべりをしていることと何も変わらなくなってしまうので、そうではなく、ちゃんと演劇として、そこにフィクションを立ち上げる事。その上で、その場に生まれる私とあなたの関係を無視しない事。その両方を目指す事ができれば良いなと思っております。

 

– では逆に今回、お客さんとして他の俳優の語りを聞いている時、どのように感じてらっしゃいますか

 

田崎 意外と、同じ事をやっていると思いながら見てはいなくて。もうそれぞれの作品として見ている事が多いですね。特に、おじいちゃんがみんな違う人だなと感じます。孫も違えばおじいちゃんも違うというか。孫はその人たち自身のように感じています。たまに、自分も同じようにやった時、何が見えるのかは興味があり、人の芝居の真似をして見たりもします。ただやはり、その人じゃなきゃ成立しないこともたくさんあるので、比較は出来ないですね。一方で、最近はライバル心のようなものが湧いてくる瞬間もあります。ただ、それは5人で同じ作品をやっているから得られる、作品を作るためのエネルギーだと思っております。

そうやって色々試し合う中で、難しいと感じることは、役者が自分の話ではなく、台本に書かれている事をあたかも自分の話のように話す時に生まれる距離感です。私も役者なので、その距離を埋められる技術が必要なのだなと感じています。まず、自分の中に無いものは素直に話せないのかなと思っています。それは方法が無いということでは無いのですが、わかっているフリだけはしてはいけないと感じています。わからないならわからないなりの距離の埋め方をしなければ、すぐにバレてしまう。そこには気をつけて演じていきたいと思っています。その中で稽古場は、色々試す事を許してくれたり、お互い刺激し合いながら作品に向き合えたり出来る、凄くありがたい場所だと感じています。

 

– 今回の俳優陣とは別に、こういう人のギャンブラーを聞きたいという思いがあったりしますか

 

田崎 もちろん自分の好きな俳優さんたちにやってみてもらいたいという思いはあります。後、例えばこの作品を、自分と同じような、アジア人の女の子が、原文の英語でやることには興味がありますね。もちろん、英語でやることで、土地や固有名詞をよりリアルにしていかなくてはならない難しさはあるのですが、それでも、アジアの人が外国人の前で、その人たちの言語で頑張って語り伝えようとしている事はすごく意味のあることのように思えます。原作者のガリー・マクネアに、アジアの女の子が、自分の話のように言い換えながら、英語でやっている姿を見せたいです。本当は私自身がやりたいという思いも凄くあるのですが、今はまだ本番に向けて、自分の語りを作り上げることで精一杯でして。でも、いつかはやってみたいなぁと夢見たりしています。

 

– 田崎さんにとって良い役者とはどのような役者ですか

 

田崎 もの凄く上手い人ですね。上手いから私の言葉ではなかなか言い表せないのですが、上手さが皮肉になっていない人みたいな。説得力があるのに、現実を覗き見しているようでもなく、ちゃんと俳優として舞台に立たれている。リアルなだけならリアルを見れば良いですし、やっぱり上手さを感じる人は舞台を見た意味を感じさせてくれる感じがします。あと、役者さん自身に積み重なっているものや感覚で、台詞や役をより魅力的に膨らませている方。わたしが好きな役者さんは芝居をしてなかったとしても好きだろうな、と思えるような方が多いように感じます。

 

– 今回お客さんにこういうところを見て欲しいという思いがありますか

 

田崎 私のここを見て欲しい、というよりは、私が語り演じることを通して、お客さんの中にある何かや、触れ合った人を、お客さん自身の心の中に、それぞれ思い浮かべてもらえたらいいなと思っております。